旗袍(チャイナドレス)用語集

旗袍(チャイナドレス)は中華圏の服なので、服に関する難しい漢字や名前がいろいろあります。

このページでは、次の2点を説明しています。

  1. 旗袍を構成する4つの要素の名前、意味、種類
  2. 旗袍を作るのに必要な技術的な用語

チャイナドレスの部位や名称がわからないときに使ってください。また、作り方を参考にするときに使ってください。

説明や参考写真は旗袍によせてまとめています。チャイナ服すべてから説明しているわけではありません。

旗袍を構成する4つの要素

さて、旗袍の形が清朝期からどれほど変化しても、変わらなかった点があります。これを普遍的な要素といいます。

旗袍の構成要素は次の4点。チャイナドレスの主な部位と考えてください。

  1. 立領
  2. 大襟
  3. スリット
  4. チャイナボタン

ただし、最近では、4つ目のチャイナボタンは、ファスナーに代替されることが増えています。

立領

たてえり。立った領(えり)のこと。

首もとで留めるものも留めないものもあります。首に沿って真っ直ぐに立った幅の狭い領のことで、前は首の正面で突き合わせます。

旗袍の立領(たてえり)。スダントカラーともチャイナカラーとも。 Atelier Leilei提供。

 

ファッション業界では、よくチャイナカラー、チャイニーズ・カラー、マンデリン・カラー、スタンド・カラーなどといいます。英語で「standing collor」「Chinese Collar」「mandarin collar」など。中国服によく見られたため、このように呼ばれます。

ふつう、布をあてがう縁どり(パイピング)が施されています。上の写真の立領はピンク色のパイピングです。

次の黒い立領は、生地にリネンを使っています。

リネン製の旗袍。atelier leilei提供。

民国期の旗袍では、一部に取り外しのできるものがありました。それを再現したのが次の写真。

 

取り外しのできる立領。Atelier Leilei提供。

立領だけが旗袍本体から埋没している感じになっていますね。一体化していないわけです。

取り外しのできるチャイナ・カラー(立領)。atelier leilei提供。

立領の取り外し(付け替え)のメリットは、汚れても洗いやすいことと、暑い季節には外して着れることです。

取り外しのできる立領をもう1点だけご紹介。

取り外しのできるチャイナ・カラー(立領)。atelier leilei提供。

立領の高さ

立領の高さは3.5cm以内が多いといわれますが、その多くは漢服か、女性の旗袍に類似した男性の長衫の場合です。

20世紀中期の香港で見られた旗袍のように、首全体を覆う10cmほどの高さもありました。

次の写真は1960年代香港を描いた映画「花様年華」の一場面です。突き合わせはホックやチャイナ・ボタンで留めることが多く、形を整えるために芯材(カラー)が使われたこともありました。

高い立領の旗袍(Qipao with High Standing Collar) 。ウォン・カーウァイ『花様年華』©2000 by Block 2 Pictures Inc.

次の場面は、レベッカ・パンがウォン・カーウァイ監督「花様年華」についてインタビューを受けているところ。

当時のチャイナドレスというものは…という前振りから、10センチとのこの場面。

ウォン・カーウァイ監督「花様年華」についてインタビューを受けるレベッカ・パン。 チャイナ・カラーの高さを語りました。©2000 by Block 2 Pictures Inc.

立領の別名

立領には多くの別名があります。

  • マンダリン・カラー(mandarin C.;清朝官吏領)…もともと中国官吏の服に用いられていた領
  • バンド・カラー(band C.)…バンド状のカラー
  • マオ・カラー(Mao C.)…毛沢東の名前から
  • ミリタリー・カラー(military C.)…軍服に用いられた

など。

フランス語では、官吏服のカラーという意味でコル・オフィシェと言います。ファッション辞典では、チャイナ・カラーをマンダリン・カラーと英語で呼ぶ違和感について全く触れていないので、ここで少々立ち止まって用語の歴史性を考えます。

立領(チャイナ・カラー)をマンダリン・カラーという理由

まず、黄土龍『中国服飾史略』(新版、上海文化出版社、2007年)によると、清朝前の王朝であった明朝期の女性庶民の衣服にも立領が用いられていました。

中国の立領は明朝期にはすでに用いられていたのですから、マンダリン・カラーという≪わざわざの呼称≫には、既述の通り清朝官吏の使用していたことが重要となります。換言すれば、官吏・役人同士の文化交流によって作られた英語側からの造語です。

次に、イギリス外交官であったジョージ・マッカートニー一行が、清朝天子の乾隆帝に謁見を申し込んだとき、彼は折領のシャツを着ていました。状況証拠は少ないのですが、イギリス外交官たちは清朝官吏の立領を際立ったものと感じたでしょう。

おそらく、マンダリン・カラーは、大英帝国が清朝と接触した18世紀後半から19世紀前半の間に形成された英語だと考えられます。

立領の関連リンク

大襟

立領と大襟。Atelier Leilei提供。

立領の中心下から、右の腋窩(脇下)へむかう斜めの襟。左身頃が右身頃の前に被さります。この左身頃(左胴体)の胸部あたりを大襟といいます。

大襟には、ふつう、布をあてがう縁どり(パイピング)が施されています。

上の写真では紺色のパイピングが、立領にも大襟にも施されています。紺色のパイピングをたどってみましょう。

立領の根元をチャイナボタンで留めて、右下へ大襟が延びています。パイピングの角度が変わるところには、大き目のチャイナボタンがあり、これが左身頃と右身頃を留めています。

大襟の応用形に八字襟があります。下の写真が八字襟です。

立領と八字襟。Atelier Leilei提供。

大襟が首元から左右に広がり、漢数字の八を描いています。そこから八字襟といわれます。大襟よりも可愛さがアップ。

スリット

スリットとは横開きのことです。旗袍では左右にスリットを入れます。

スリット。Atelier Leilei提供。

スリットにもよくパイピングを施します。上の写真では、ピンク色のパイピングと、その内側にレースを使った2本目のパイピングがあります。

このように、スリットの深浅を調整しない、固定的な旗袍もありますが、次の写真のように深浅を調整するタイプもあります。

チャイナボタンで深浅を調整できるスリット。Atelier Leilei提供。

スリットの開閉をするアイテム、つまり横開きの幅を調節するのは、チャイナボタンの役目。

上の写真では、一番下のチャイナボタンから下は固定的にスリットが開きますが、上のボタンまでどんどん外すと、スリットもどんどん上へと深くなっています。

チャイナ・ボタン

立領、大襟、スリットなど、旗袍の各部位によく使われるアイテムがチャイナボタンです。

チャイナボタンは、

  • 立領の中心を留めたり
  • 大襟を留めて身頃を固定したり
  • スリットの深浅を調整したり

と、旗袍での役割は大きいです。

今までみてきた写真でも、チャイナボタンの意義がお分かりかと思います。

今では、チャイナドレスの役割は減っています。飾りだけになってファスナー(ジッパー)が使われることが増えました。

たとえば次の写真。

大襟に代替したサイドジッパー。

気軽に着れそうですが、旗袍がスポーツウェアになった印象。それでもカッコいいなぁと思いますが、チャイナボタンの可愛さも捨てがたいところです。

技術的な用語

旗袍に使われてきた裁縫技術をまとめています。

镶滚(線入り縁どり)

镶滚は線入り縁どりのことで、ピンイン表記は「xiāng gǔn」。

镶は線のこと。滚はパイピング(縁どり)の意味です。ふつう、裁縫用語の縁取りはパイピングといいます。そのパイピングが簡体字の「滚」です。

漢族の婦人服は装飾的なスタイルでした。この影響を受けて、清王朝の半ば以降、もともと素朴だった満族衣装にも華やかな線入り縁どり(镶滚)が使われていきました。

その結果、清朝期中国では、漢服にも旗袍にもさまざまな線入り縁どりが使われました。

漢族女性の服には镶滚が多用されました。清朝期に使われた镶滚は明朝期をしのぎました。

次の作品はatelier leileiの作った平肩連袖の旗袍です。パイピングの数は2本、つまり2滚です。

平肩連袖旗袍。镶滚は線入り縁どりのことで、ピンイン表記は「xiāng gǔn」。atelier leilei作成。

作る人によっては、隙間をとって滚を2つつくるとき、生地の部分を隙間として出すことがあります。この隙間にあたる線や面を「镶」といいます。

次の写真では、上の作品は3镶3滚になっています。下の作品は(1镶)3滚になっています。

楊成貴『中国服の作り方全書』文化出版局、1978年、31頁。

清朝期には、2镶2滚から5镶5滚までがよく使われました。

清朝期の旗袍を見るときは、皆さんも镶と滚に注目してみてください。装飾を楽しむ幅が増えますよ(*^^*)

接袖旗袍には、領から腕の付根までを肩の頂点に沿った裁断縫製(肩縫)も併用されました。

その場合に発生する線を肩縫線といいます。肩縫と接袖は、旗袍製作最大の難所である大襟部分の裁縫を簡素化させています。

肩縫線と接袖部分の2点で裁断された単独の布が右肩から右胸板にかけて縫いこまれます。まれに大襟が左方へ開かれる場合もあります。

肩縫線(ショルダー・シーム・ライン)

肩縫線(ショルダー・シーム・ライン/shoulder seam line)とは、人体の肩に該当する箇所にある衣服の切目と縫目のことです。単にショルダー・ラインとも。

肩縫線を入れる目的は、生地を節約するためです。また、肩の張りを強める目的でも利用されます。

肩縫線 : 旗袍のボトル・カバー。肩縫線を確認できます。福来閣にて。2017.12.10撮影。

20世紀の世界的な洋服の普及で、今では多くの衣服に見られます。

肩縫線は身頃を前後に分け、肩と袖も分けます。肩縫線は、小分けする洋裁・洋服らしさを示しています。

そして、アーム・ホール(腕環)に接しているため、袖つけをするときは、衣服制作で最も難しい箇所の一つになります。

平肩連袖にみられる肩縫線

清朝期から継続された平肩連袖の旗袍には、肩部分に裁縫をほどこしたものがありました。

立領の縫目から白のチャイナ・ボタンまでが肩縫線。線が見えるうえ、生地柄が切れていることからも確認できます。上海の貴婦人たちが着た旗袍の珍蔵コレクション(楊雪蘭)。A rare Appreciation of the Qipao worn by the Grande Dames of Shanghai, Ms Shirley Young(楊雪蘭), via 『上海名媛旗袍宝鉴』, 38頁。

これは黒色生地に花柄を白色に添えた平肩連袖・大襟の旗袍。

次いで、レトロなチューリップ柄の平肩連袖・八字襟の旗袍。

平肩連袖・八字襟の旗袍。レトロチューリップ柄のチャイナドレス。 via atelier leilei提供。

バストダーツとウエストダーツがなく、体を締め付けないゆったりとした着心地になります。

日本のファッション辞典では取り上げられませんが、とても重要です。

関連リンク

次のページは身体に衣服を沿わせるために正しいアーム・ホールを付ける方法を記した記事です。肩縫線が大切な事がわかります。「To Get the Right Armhole, Fit the Bodice – Threads

連袖と接袖

左)実験衣1(民国期型旗袍)、右)実験衣2(現代旗袍)。いずれも蔡蕾(atelier leilei)作成。

平肩連袖

平連袖、平袖とも。適当な英語がないので、ふだん私は「plain sleeve」と言っています。連袖は服を床に伸ばすと肩が水平になります。

次の写真のように、平肩連袖の旗袍では、身頃と肩と袖が同じ布でできています。裁たれていないので、もちろん、縫い目がありません。

実験衣1(平肩連袖)の肩と腋窩(正常立位時)

次の斜肩接袖もふくめ、裁断図や機能の違いなどはこちらをご参照ください。

斜肩接袖

いわゆるセットイン・スリーブです。

セットイン・スリーブ(set-in sleeve)とは袖つけの基本形。肩から脇にかけて縫った場合の袖、または袖つけ作業をさします。縫い目はほぼ垂直になっています。英語でset-in sleeve(定型袖)、attached sleeve(付設袖)。

アームホールと密接に関連

辞書類では「正常なアーム・ホールに設置」というように説明されることが多いです。

アームホール(arm hole)とは身頃(胴体)に腕を通す穴を意味します。セットイン・スリーブでは衣服の肩と腕の境目に縦のラインが入っています(下図参照)。

セットイン・スリーブ(接袖)の旗袍。atelier leilei提供。

アームホールの形

アームホールをトルソー(ボディ)の横からみるとオニギリのような形になっています。パターンを引く時にも綺麗なおにぎり型を作ると設計や裁縫が上手くいくといわれます。

アームホールからみたトルソー。Atelier Leilei提供。

旗袍の斜肩接袖とアオザイのラグラン・スリーブ

清朝期の旗袍から影響をうけたベトナムの民族衣装アオザイの袖をみましょう。いまのアオザイの袖はラグラン・スリーブといい、首元から脇へ縫いあわすラインになります。つまり、首中心から斜め下に縫い目が生じています。

次の写真をご覧ください。

アオザイのラグラン・スリーブ。atelier leilei提供。

ラグラン・スリーブは、旗袍の八字襟に似ています。

少し違うのは、八字襟が前身頃をぜんぶ開くのにたいし、ラグラン・スリーブ(raglan Sleeve)は片側(だいたい右身頃)が開きます。なかには、八字襟と同じように前身頃が全開するのもあるかもしれません。

見えにくいですが、次の写真は右前身頃にスナップが付いています。

アオザイのラグラン・スリーブやダーツやスリットなど。atelier leilei提供。

 

現代旗袍の斜肩接袖と現代アオザイのラグラン・スリーブを比べると、立領やタイトさが同じ一方で、スリーブの運動性が異なります。斜肩接袖には運動性が少ないですが、ラグラン・スリーブはバレーボールのユニフォームのように高い運動性があります。服の袖という点だけでいうと、ラグラン・スリーブも平肩連袖も前からみれば同じです。

ただし、背中からみると、違うんです。

次の写真は同じアオザイの背面。

背面からみたアオザイのラグラン・スリーブ。atelier leilei提供。

平肩連袖の旗袍も斜肩接袖の旗袍も、背面に袖つけのラインはきませんが、ラグラン・スリーブのアオザイは、前面と同じような角度で、背面にもスリーブのラインがきています。

なお、斜肩接袖は肩のラインが水平に近いため、肩幅の広い人に似合います。ラグラン・スリーブは肩のラインが斜め下へ落ちるので、肩幅の狭い人に似合います。この点は平肩連袖にもいえます。

この記事の著者
ぱおつ

二十歳ころから旗袍のかっこよさに魅了され、ポストカードや図鑑を集めてきました。旗袍の出る映画では、ウォン・カーウァイ監督の「花様年華」が一番のお気に入りです。

旗袍的新故事をフォローする
スポンサーリンク
このページをシェアする
旗袍的新故事をフォローする
旗袍的新故事
タイトルとURLをコピーしました