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宋美齢の旗袍

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Madame Chiang Kai-Shek

飛虎隊所拍攝的宋美齡(1941-1942年間)/San Diego Air and Space Museum Archive (Author) – Wikimedia Commons, the free media repository

宋美齢(宋美龄)は、1897年に上海の牧師と実業家の家に生まれました。宋家三姉妹の末っ子でした(長女は宋靄齢、次女は宋慶齢)。

上海貴族学校中西女子中学校で学びました。彼女はキリスト教徒で、中国の政治にとても積極的で、1927年に蔣介石の4番目の妻になりました。

抗日戦争期に、アパレル工場を活発に展開し、軍服をはじめとする軍需衣料品の供給に努力しました。また、米国へ行き支援を求め、中米外交をみごとに強化しました。

晩年は米国に住み、106歳まで生き、兄弟姉妹のなかで最も長く生きました。

宋美齢は大陸・台湾在住時に旗袍職人を住まわせ、ちょくちょく作らせていました。台湾に来たときには旗袍を入れたケースが50箱あったといわれています。

宋美齢の旗袍は、1980年に嚴仁美女士が中国へもちこみました。嚴仁美は、美齢の姪であるローズモント・ファンの親友でした。

抗日戦争期の軍需衣料品の供給については姉妹サイトの記事をご覧ください。

それでは、宋美齢の旗袍を2点ご紹介します。

宋美齢の旗袍

宋路霞(著)、徐景燦(訳)、宋路平(撮影)『上海名媛旗袍寶鑑』上海科学技术文献出版社、2015年、13頁。

旗袍の構成要素からみていきます。

  1. 立領は小円領です。けっこう高く、背中のほうは7cmほどありそうです。
  2. 大襟がなさそうです。一見、真横にラインがすすんでいるように見えますが、柄です。大襟がないなら後ろファスナー。意図的に大襟を消して後ろファスナーにしたとすれば、かなり大胆なデザインです。
  3. チャイナボタンは見当たりません。右身頃が見えませんが、チャイナボタンなしで統一してるでしょうから、後ろファスナーで代替してると思います。
  4. スリットは見えません。

袖は平肩連袖の半袖。

ダーツは腰ダーツだけです。胸部から腹部にかけて縦線があります。

宋路霞(著)、徐景燦(訳)、宋路平(撮影)『上海名媛旗袍寶鑑』上海科学技术文献出版社、2015年、15頁。

旗袍の構成要素。

  1. 立領は中円領です。正面が低くて2cmほど、背中のほうは高くて7cmほどでしょう。
  2. こちらの旗袍も大襟がなさそうです。斬新で大胆なデザインですね。
  3. チャイナボタンがありません。この旗袍も後ろファスナーで代替でしょう。
  4. スリットは見えません。

袖は平肩連袖の半袖。ダーツはなさそうです。

関連ページ

姉の宋慶齢の旗袍はこちら。

また、次の記事では、近代と戦後にわけて台湾への旗袍の広がりを説明しています。

近代は植民地期だった台湾。

漢服、和服、旗袍のどれが普及したでしょうか。あるいは、想定外の別物だったとか…。国民や民族を日本以上に真摯に考えざるを得なかった台湾の歴史をふりかえります。

2018年、宋慶齢の生誕125年を記念した旗袍展覧会があったそうです。

最近の情報をフォローできていないのが残念ですが、オーストラリアで旗袍のお店をしているミランダさんが、この展覧会の様子を英語で書かれています。「Discover the Soong Sisters’ Qipaos: an Exhibition of the Soong Family Dresses」をご覧ください。

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この記事の著者
ぱおつ

旗袍好きの夫婦で運営しています。ぱおつは夫婦の融合キャラ。
夫はファッション歴史家、妻はファッションデザイナー。
2018年問題で夫の仕事が激減し、空きまくった時間を旗袍ラブと旗袍愛好者ラブに注いでいます。調査と執筆を夫、序言と旗袍提供を妻が担当。

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